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東京高等裁判所 平成3年(行ケ)250号 判決

東京都千代田区内幸町一丁目3番1号

原告

日本石油化学株式会社

代表者代表取締役

片山寛

訴訟代理人弁理士

斉藤武彦

水野昭宣

東京都千代田区霞が関三丁目4番3号

被告

特許庁長官 高島章

指定代理人

平田和男

産形和央

市川信郷

涌井幸一

主文

特許庁が、平成2年審判第14798号事件について、平成3年8月22日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

主文と同旨

2  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和56年12月1日、名称を「新規なカーペット裏打ち材」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をし(同年特許願第191737号)、昭和63年12月26日、出願公告された(特公昭63-67585号)が、東洋リノリューム株式会社から特許異議の申立てがあり、平成2年5月23日に同異議申立ては理由があるとの決定とともに、拒絶査定を受けたので、同年8月16日、同査定に対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を同年審判第14798号事件として審理したうえ、平成3年8月22日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年9月30日、原告に送達された。

2  本願第1発明の要旨

「(a) 共重合体中の極性モノマー含有量が5~40%であるオレフィン-極性モノマー共重合体5~65重量%

(b) 液状の有機酸エステル 1~50重量%、および

(c) 重質炭酸カルシウム 30~90重量%を必須成分として含むことを特徴とする新規なカーペット裏打ち材。」(平成2年9月14日付け手続補正書で補正された本願明細書の特許請求の範囲第1項記載のとおり)

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、特開昭56-53141号公報(以下「引用例1」といい、その発明を「引用例発明1」という。)、特開昭55-113533号公報(以下「引用例2」といい、その発明を「引用例発明2」という。)、特開昭55-16055号公報(以下「引用例3」といい、その発明を「引用例発明3」という。)を引用し、本願第1発明は、引用例発明1~3に基づいて当業者が容易に発明することができたものであると判断し、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとしたうえ、そうである以上、本願は、その特許請求の範囲第8項に記載された本願第2発明につき検討するまでもなく、拒絶すべきものであるとした。

第3  原告主張の審決取消事由

審決の理由中、本願発明の要旨、各引用例の記載事項の各認定は認める。本願第1発明と引用例発明1との一致点の認定はあえて争わない。両発明に審決の挙げる相違点が存在するとの認定は認めるが、相違点が審決認定のものだけであるとの認定は争う。

相違点についての認定判断中、「硫酸バリウム充填剤がその他前記〈3〉のような作用効果(注、有機酸エステルとの併用により極めて有効にベース成分としてのオレフィン-極性モノマー共重合体に配合でき、しかも配合による過度の物性低下が防止できること)を有すること(第9欄6行~20行)においては遜色がない」(審決書8頁14~17行)との認定部分及びその結論部分(同9頁12行~10頁1行)を争い、その余を認める。

審決は、拒絶査定で理由とされたものと異なる理由を理由として本件審判の請求を不成立にするという手続違背を犯し(取消事由1)、相違点を看過し(取消事由2)、その結果誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1(手続違背)

(1)  本願に係る拒絶査定は、「この出願は、特許異議の決定に記載した理由によって拒絶すべきものと認める。」というものである。

ところが、特許異議の決定の理由中で引用されているのは、引用例2、3のみであって、同1は、特許異議申立ての理由には挙げられているものの、特許異議の決定の理由中には、全く引用されていない。

にもかかわらず、審決は、引用例1を主たる引用例として引用して本願第1発明の進歩性を否定した。

(2)  原告は、拒絶査定を受けた後、特許法17条の3第1項に基づき平成2年9月14日付けで手続補正書を提出し、特許請求の範囲第1項及び第8項の(b)成分である有機酸エステルを液状の有機酸エステルに限定する補正をした。

これは、拒絶査定においてその理由として引用された特許異議の決定に引用例1は示されておらず、かつ、補正の内容は上記法条項により拒絶査定の理由に示す事項に限られていることから、引用例1を考慮に入れることなく、特許異議の決定に示された主引用例である特開昭55-16055号公報(引用例3)に挙げられたものとの相違を一層明瞭にするためにしたものである。

もし、拒絶査定の理由に引用例1が示されていたならば、原告は、引用例発明1との相違を一層明瞭にするため、特許請求の範囲第1項及び第8項の(a)成分の極性モノマーを酢酸ビニルに限定する補正をしたであろう。

その理由は、引用例1では、45%のエチレン/酢酸ビニル共重合体と55%の炭酸カルシウムからなる組成物が引用例発明1の好ましくない比較例(甲第4号証第1表例5)として挙げられており、エチレン/酢酸ビニル共重合体と炭酸カルシウムからなる系では炭酸カルシウムが55%を超えると作用効果が更に劣ってくることを示唆しているのに対し、本願発明では、他の構成要件との組合せによりこれに近い系がより顕著に優れた効果を示すという予期できない作用効果を示すという事実があることにある。

ところが、拒絶査定でその理由として引用された特許異議の決定に引用例1が示されていなかったため、原告は、上記補正の機会を奪われた。

(3)  特許法159条2項(平成5年法律第26号による改正前のもの)が、査定の拒絶理由と異なる拒絶理由を発見した場合につき、同法50条(同)、64条(同)を準用して、出願人に対し拒絶理由を通知し手続補正の機会を与えるべきことを定めたのは、審決理由に示す事項につき審判請求時も含む審判段階で補正をする機会を少なくとも1回は出願人に権利として保障したものと解されるところ、審決が、上記のとおり、拒絶理由すなわち特許異議の決定に示されていない引用例1を引用例として本願発明の進歩性を否定したことは、上記保障された権利を奪うものといわなければならず、これが審決の結論に影響を与えうるものであることも明らかである。

(4)  特許異議の申立ての理由に示された証拠の一部に基づいて拒絶査定がなされ、他の一部に基づいて審決する場合には、審判段階で改めて拒絶理由を通知する必要はないとの趣旨の判決例があるが、これらは、出願人側に、拒絶査定の理由とされたものと異なる証拠に関連して補正をする意思があったとは認められない事案に関するものであるから、上記のとおり出願人である原告にこのような補正をする意思のあった本件の参考になるものではない。

2  取消事由2(相違点の看過)

審決は、本願第1発明と引用例発明1とを対比するに際し、「両者は、共に『無機充填剤を高度に配合した高密度のカーペット裏打ち材』に係るものであって、『オレフィン-極性モノマー共重合体(引用例1における(a)成分は、これに相当する)のベース成分に対して無機充填剤を高濃度に配合するに当り、分離せず、経時変化がなく、かつ引張特性、柔軟性、低温特性に優れ、さらに配合時の加工性、裏打ち加工性が改良された配合物を得るための第3成分として、液状の有機酸エステル(引用例1における水不溶性可塑剤として、「フタル酸ジメチル、フタル酸ジブチル」を選定使用した場合がこれに相当する)を用いたこと』の点において、その技術思想を同じくするものであると認められ、」(審決書6頁7行~7頁1行)と両発明の一致点を認定したうえ、相違点につき、「ただ、当該カーペット裏打ち材の組成において、本願発明では、前記無機充填剤に『重質炭酸カルシウム』を用いているのに対して、引用例1に記載の発明では、これに『硫酸バリウムを少なくとも55重量%含有する充填剤』(具体的には、『硫酸バリウム』又は『硫酸バリウムと炭酸カルシウム』等の充填剤から選定される。第6頁の第1表参照)を用いることとしている点でのみ、相違が認められるにすぎない。」(審決書7頁1~10行)と認定したが、誤りである。

すなわち、両発明の一致点についての審決の上記認定はあえて争わず、また、両発明の間に審決認定の相違点が存在すること、両発明を構成する各構成要件の対応するもの同士を個別的に対比する限りにおいては、両発明の相違は上記の点のみとなることは認めるが、このような個別的な対比のみによっては、本願第1発明の課題に密接に結び付いたいわゆる選択発明的要素(各要件における選択とその組合せによる予想外の作用効果)は全く無視されたままとならざるをえず、このような対比をもって、両発明の対比が十分になされたものとすることはできない。

(1)  本願第1発明は、エチレン-酢酸ビニル共重合体(EVA)に代表されるオレフィン-極性モノマー共重合体を基剤とし、これに無機充填剤を高度に配合して高密度のカーペット裏打ち材とし、配合の際の配合の不均一性と配合による著しい物性低下を避けるための改良剤である第3成分として低分子量化合物を配合する技術を従来技術として、これを出発点に、無機充填剤として重質炭酸カルシウムを選択したうえ、これを選択したときの上記第3成分として好ましいものを発見することを、その技術課題とするものである。

すなわち、上記従来技術において、無機充填剤として硫酸バリウムを用いた場合、品質良好なカーペット裏打ち材が得られることは、本願出願前既に知られていたが、硫酸バリウムは著しく高価であり、他方、重質炭酸カルシウムは硫酸バリウムに比べて極めて安価(約1/10)であるが、これを用いた場合、たとい上記第3成分を配分したとしても、硫酸バリウムを用いた場合に比べて、はるかに品質の劣ったカーペット裏打ち材しか得られない、と考えられていたのであり、このような状態の下で、重質炭酸カルシウムを用いつつ、これに組み合わせる第3成分として好ましいものを発見することにより、上記予測される品質劣化のないものを提供することこそが、本願第1発明の課題なのである。

本願第1発明の課題が上記のとおりであることは、本願明細書の記載により明らかである。

そして、本願第1発明は、上記第3成分として液状の有機酸エステルを特定したところにその意義を有するののであり、第3成分として液状の有機酸エステルを採用することにより、オレフィン-極性モノマー共重合体と重質炭酸カルシウムの高度の配合の際に問題となる、配合の不均一性と配合による物性低下の度合いは、他の改良剤を第3成分としたものに比べて、著しく減少するとするものであり、このことも本願明細書の記載、特に実施例と比較例の比較により極めて明らかである。

要するに、オレフィン-極性モノマー共重合体に重質炭酸カルシウムを高濃度に配合したものを前提に、これに組み合わせるべき改良剤としての第3成分として、液状の有機酸エステルを選択し、これにより他の第3成分によっては得られない作用効果を得たとするところにこそ、本願第1発明を発明として成立させた所以が存するのである。

(2)  引用例1に、オレフィン-極性モノマー共重合体に硫酸バリウムを少なくとも55重量%含有する無機充填剤を高度に配合するに当たり、改良剤である第3成分として液状の有機酸エステルである「フタル酸ジメチル、フタル酸ジブチル」を配合する技術が開示されていることは認める。

しかし、そこに開示されている「フタル酸ジメチル、フタル酸ジブチル」は、引用例発明1においてそれ自体が必須である第3成分として挙げられているわけではない。すなわち、引用例発明1においては、第3成分とされているのは水不溶性可塑剤一般であって、しかもそれは任意成分とされているのであり、「フタル酸ジメチル、フタル酸ジブチル」は、単にその一例としての意味を有するにすぎない。

本願明細書に挙げられている比較例の数は7であり、それらはいずれも基剤をオレフィン-極性モノマー共重合体とし、無機充填剤を重質炭酸カルシウムとするものである。そして、この7比較例のうちその2~7(比較例1は第3成分を配合しないもの)では液状の有機酸エステルを用いず、それぞれ、マイクロクリスタリンワックス、アスフアルト、ロジン、ヤシ油、マシン油及びコウモレックス700(プロセス油)を用いた例を示しているが、これらは、いずれも、引用例1にいう水不溶性可塑剤である。

これら比較例と実施例との対比で明らかにされているように(甲2号証表1及び表2)、比較例のものは脆化温度が高く低温特性に劣る、ブリードが発生し経時変化が起こる等の欠点を示す。

引用例発明1の最善の態様を示すべきその実施例においては、第3成分として、脂肪油、ナフテン油及び炭化水素樹脂が用いられており、有機酸エステルである「フタル酸ジメチル、フタル酸ジブチル」を用いた実施例は存在しない。

本願明細書の比較例に用いられている上記マイクロクリスタリンワックス、アスフアルト、ロジンは炭化水素樹脂であり、ヤシ油は脂肪油に相当し、マシン油及びコウモレックス700(プロセス油)は芳香族炭化水素油であり、いずれも、引用例発明1の実施例で用いられている水不溶性可塑剤の均等物というべきものである。

(3)  このように、引用例発明1の構成要件とされている水不溶性可塑剤から、そこで最善の態様を示すものとされているものを排除したうえ、特に好ましいものとされているわけではない液状の有機酸エステルを選択し、これを重質炭酸カルシウムに組み合わせてオレフィン-極性モノマー共重合体(特にエチレン-酢酸ビニル共重合体)に配合した点にも本願第1発明の構成要件上の特徴があるのであり、これは引用例発明1との相違点として取り上げるに値する点というべきである。

換言すれば、引用例発明1との比較において、基剤であるオレフィン-極性モノマー共重合体に配合する無機充填剤として、引用例発明1の硫酸バリウムに代えて重質炭酸カルシウムを選択したことのみに本願第1発明の特徴があるのでなく、無機充填剤として重質炭酸カルシウムを選択したうえで、これに加えて、これに組み合わせる第3成分として、引用例発明1において水不溶性可塑剤一般として挙げられている広い範囲のものの中から、そこでは最良のものとされているわけではないもののみを選択することにより、無機充填剤として重質炭酸カルシウムを選択する前提の下での格別の効果を得ようとしたことにも、本願第1発明の特徴があるのである。

(4)  そうとすれば、審決が、本願第1発明と引用例発明1との構成の対比において、本願第1発明が、引用例発明1における無機充填剤としての硫酸バリウムに代えて重質炭酸カルシウムを選択した点のみを相違点として、引用例発明1において第3成分として挙げられている水不溶性可塑剤という広い範囲のものの中から、そこでは最良のものとはされていないものを選択することにより、上記格別の効果を得ようとしたことを相違点としなかったこと、したがってまた、この点にっき何らの判断もしないまま結論に至ったことは、本願第1発明の本質を全く理解しないことから生じた明らかな誤りといわなければならない。

第4  被告の反論の要点

審決に手続違背はなく、また、審決の認定判断は正当であって、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がない。

1  取消事由1(手続違背)について

審査の段階で、特許異議申立書副本及び特許異議申立理由補充書副本が原告に送達され(甲第10号証、乙第1号証)、送達された書面中には、「本願は・・・、本願の出願前に頒布された下記刊行物に記載された発明もしくはそれより容易に想到し得た発明であるから、特許法第29条第1項もしくは第2項に該当し、同法第49条第1項の規定により拒絶されて然るべきものである。以下、詳しく説明する。・・・」との拒絶すべき理由とともに、それを根拠づける証拠の一つとして引用例1も同2、3等と並んで示されている。

したがって、原告は、上記送達を受けることにより、引用例1を根拠の一つとする拒絶理由の存在を知り、これに対し、補正などで対処する機会を与えられていたのであり、現に、特許異議答弁書(乙第2号証)をもって、全面的にこれに反論しているのである。

そうとすれば、審決で拒絶理由としたところについては、審査の段階で、原告に対して特許法50条(平成5年法律第26号による改正前のもの)の定める手続がとられたのと同視できる手続がとられているということができるのであり、審査においてした手続は審判においてもその効力を有することは、特許法158条の明定するところであるから、審判手続において改めて同趣旨の拒絶理由の通知をする必要はないものというべきである。

2  同2(相違点の看過)について

本願第1発明の組成物は、オレフィン-極性モノマー共重合体を5~65重量%、液状の有機酸エステルを1~50重量%、重質炭酸カルシウム30~90重量%を含んでいればよく、一方、引用例発明1の組成物の充填剤は、炭酸カルシウム45%と硫酸バリウム55%よりなる場合があるから、この場合には、引用例発明1の組成物は、オレフィン-脂肪酸ビニル共重合体を16~35重量%、水不溶性可塑剤0~8重量%、炭酸カルシウム29.25~36重量%が含まれ、これに硫酸バリウムが添加されていることになる。

この点からみると、引用例1には本願第1発明の組成物が実質的に示されており、引用例発明1と本願第1発明とは、技術思想を同じくするものである。

原告は、第3成分として液状の有機酸エステルを選択したことの意義を強調するが、引用例発明1の水不溶性可塑剤の中には本願第1発明の液状の有機酸エステルに該当するフタル酸ジメチル、フタル酸ジブチルが含まれており、その組成割合も本願第1発明の組成割合と重複する。そして、本願第1発明の液状の有機酸エステルの中には、オレフィン-極性モノマー共重合体との関係で効果のないものもあり、効果のあるものにしても、その効果は当該有機酸エステルの性質として周知となっているものから当然のこととして予測される範囲のものである。

したがって、審決で摘示するように、本願第1発明は、引用例1~3から容易に発明できたものであり、原告の取消事由2の主張は理由がない。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立については、いずれも当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  取消事由2(相違点の看過)について

(1)  甲第2号証によれば、本願明細書に、以下の各記載があることが認められる。

〈1〉 「本発明は無機充てん剤を高度に配合した高密度のカーペツト裏打ち材に関するものであり、特に自動車用カーペツトおよびタイルカーペットに好適な裏打ち材に関するものである。」(同号証2欄24行~3欄1行)

〈2〉 「自動車用カーペツトの裏打ち材には、カーペットの補強、成形保持性、パイル抜け防止、収縮防止などの機能が基本的に要求されている。また、・・・遮音性能を付与した裏打ち材が必要である。・・・このようにカーペツト本来の機能を付与し、同時に遮音性を付与した裏打ち材が高価な材料を使用することなしに得られることが望ましい。」(同3欄3~15行)

〈3〉 「タイルカーペツトの裏打ち材は、一般のカーペット用裏打ち材の要求性状を満足しなければならないことはもちろんであり、さらに置くだけで安定できる置敷性をも有していなければならない。また高価な材料を使用することなしに、この置敷性を付与しなければならない。」(同3欄38~44行)

〈4〉 「エチレン-酢酸ビニル共重合体(EVA)に代表されるオレフイン-極性モノマー共重合体に無機充てん剤を配合した組成物も公知である。しかしながら、無機充てん剤の配合量が多くなるにつれて、均一な配合物を得るには困難を伴ない、均一な配合物が得られたとしても硬さが増加してもろいものとなり、引張特性、低温特性が劣つてくる。さらに軟化温度、流動温度が急上昇して加工性が低下し、カーペツトへの裏打ち加工条件がきびしくなるなど多くの欠点があつた。・・・

これらの欠点を改良するため、パラフインワツクス、マイクロクリスタリンワツクス、ロジンもしくはロジン誘導体、石油樹脂、・・・パラフインオイルなどの低分子量化合物を改良剤として配合するこが試みられている。その結果、配合時の加工性、物性および裏打ち加工性がある程度改良され、用途によつてはそれなりの改良効果が得られている。しかし、前記改良剤では、相溶性が不十分で分離するものがほとんどで、経時変化が起こること、引張特性、低温特性、柔軟性などの改良が不十分であるため、カーペツト裏打ち材としては実用に供し得なかった。

本発明の目的はカーペツト用裏打ち材の要求性状を満足し、かつ前記欠点を改良した裏打ち材を提供することにある。特に本発明は自動車用カーペツトおよびタイルカーペツトに好適な裏打ち材を提供することにある。

本発明者等はカーペツト裏打ち材の製造においてオレフイン-極性モノマー共重合体へ無機充てん剤を高濃度に配合するにあたり、分離せず、経時変化がなく、かつ引張特性、柔軟性、低温特性に優れ、さらに配合時の加工性、裏打ち加工性が改良された配合物を得るための第3成分について、鋭意検討を進めた結果、有機酸エステルが著効を示すことをみいだした。」(同4欄17行~5欄11行)

〈5〉 「本発明においてはさらに(c)重質炭酸カルシウムを加えて用いる。一般に炭酸カルシウムは硫酸バリウム等と比較し比重が小さい等の不利はあるものの安価に工業的に大量に入手し得る点で工業上有利な材料である。しかるに、炭酸カルシウムは比重がより小さいが故に、硫酸バリウム等と比較し同重量配合した時に配合された組成物の物性低下が大きい。本発明の如き高充てん配合物ではその低下はいちじるしいのであるが、本発明者らは種々の添加剤を炭酸カルシウムに組合せた結果、前述の如く有機酸エステルを組合わせると極めて有効と炭酸カルシウムを配合することができ、さらに配合による過度の物性低下が防止できることを発見したのである。なお、炭酸カルシウムとしては、いわゆる沈降性炭酸カルシウムもあるが、安価であり、比較的粒径が大で配合時の混合が容易であるなどの点から本発明においては、石灰岩等を機械的に粉砕して製造される重質炭酸カルシウムを用いる。」(同7欄18~36行)

〈6〉 実施例1~8及び比較例1~7についての記載(同9欄14行~12欄35行並びに表1及び同2)

本願明細書に記載されている実施例は、すべて、第1成分(基剤)にオレフィン極性モノマー共重合体、第2成分(無機充填剤)に重質炭酸カルシウム、第3成分に液状の有機酸エステルを使用したものであり、その8においてこれらに加えて低分子量成分としてアスフアルトが使用されているのを除き、これら以外のものは使用されていない。

比較例は、すべて、第1成分(基剤)にオレフィン極性モノマー共重合体、第2成分(無機充填剤)に重質炭酸カルシウムを使用したものであり、第3成分は、比較例2~7(比較例1は第3成分を配合しないもの)において、いずれも液状の有機酸エステルを用いず、それぞれ、マイクロクリスタリンワックス、アスフアルト、ロジン、ヤシ油、マシン油及びコウモレックス700(プロセス油)が用いられている。

(2)  本願明細書の上記各記載によれば、本願第1発明は、エチレン-酢酸ビニル共重合体(EVA)に代表されるオレフィン-極性モノマー共重合体を基剤とし、これに無機充填剤を高度に配合して高密度のカーペット裏打ち材とし、配合の際の配合の不均一性と配合による著しい物性低下を避けるための改良剤である第3成分として低分子量化合物を配合する技術を従来技術として、これを出発点に、材料の無機充填剤として高価なものを使用することなしに一定以上の品質を有するカーペット裏打ち材を得ることを技術課題とするものであり、材料の無機充填剤として高価なものを使用することを避けるとの上記課題から、まず硫酸バリウム等高価な材料の使用を放棄して安価な重質炭酸カルシウムを選択したうえ、これを既定の事項として、その下で、改良材として好ましいものは何であるかを発見することをその最大の特色とするものであるということができる。換言すれば、本願第1発明は、カーペット裏打ち材として最良のものを求めることをその技術課題としているわけでは決してなく、無機充填剤として安価な材料である重質炭酸カルシウムを使用するとの前提の下での最良のものを求めることにその課題の核心があるのであり、このことを端的に表現するのが、実施例において無機充填剤はすべて重質炭酸カルシウムであり、比較例において、無機充填剤は、実施例におけるのと同じくすべて重質炭酸カルシウムであり、改良剤である第3成分はすべて本願第1発明の採用する有機酸エステル以外のものであるとの事実であるということができる。

(3)  本願第1発明がこのようなものであるとすれば、同発明は、引用例発明1との比較において、基剤であるオレフィン-極性モノマー共重合体に配合する無機充填剤として、同発明の硫酸バリウムに代えて重質炭酸カルシウムを選択したことのみにその特徴があるのでなく、無機充填剤として重質炭酸カルシウムを選択したうえで、これに加えて、これに組み合わせる第3成分として、引用例発明1において水不溶性可塑剤一般として挙げられている広い範囲のものの中から、その中の一部のもののみを選択することにより、無機充填剤として重質炭酸カルシウムを選択する前提の下での格別の効果を得ようとしたことにも、その特徴があり、その重点はむしろ後者にこそあるといわなければならない。したがって、本願第1発明を正当に評価するためには、本願第1発明が無機充填剤として重質炭酸カルシウムを選択したことを前提として、その構成から生ずる効果を、無機充填剤として重質炭酸カルシウムを用いた従来のカーペット裏打ち材と対比して検討することが必要というべきである。

(4)  そうとすれば、審決が、本願第1発明と引用例発明1との対比において、「本願第1発明において、当該無機充填剤として重質炭酸カルシウムを採択使用したこと、即ち、前記引用例1に記載の発明における組成のカーペット裏打ち材に適用される無機充填剤として、前記置敷性の点を多少犠牲にしても経済性をより重視して、その硫酸バリウムを主剤とするものに代えて重質炭酸カルシウムを採択用いるようにした点は、当業者が容易に想到、実施しうる程度のことであると認められる。」(審決書9頁12行~10頁1行)として、本願第1発明が無機充填剤として重質炭酸カルシウムを選択した事実のみにしか目を向けず、本願第1発明が、無機充填剤として、あえて硫酸バリウムを用いることを放棄して、重質炭酸カルシウムを選択する前提の下での格別の効果を得ようとしたことを無視し、重質炭酸カルシウムを用いた従来のカーペット裏打ち材と本願第1発明の構成よりなるカーペット裏打ち材との効果の差異について検討することなく、その結論に至ったことは、本願第1発明が最も重視し、そのことが本願明細書にも明示されている事項につき判断しないまま結論に至るという誤りを犯したものといわなければならない。

(5)  被告は、本願第1発明の組成物は、オレフィン-極性モノマー共重合体を5~65重量%、液状の有機酸エステルを1~50重量%、重質炭酸カルシウム30~90重量%を必須成分として含むものであり、一方、引用例発明1の組成物の充填剤は、炭酸カルシウム45%と硫酸バリウム55%よりなる場合があるから、この場合には、引用例発明1の組成物は、オレフィン-脂肪酸ビニル共重合体を16~35重量%、水不溶性可塑剤0~8重量%、炭酸カルシウム29.25~36重量%が含まれ、これに硫酸バリウムが添加されていることになるから、引用例1には本願第1発明の組成物が実質的に示されている旨主張する。

本願第1発明の要旨からすると、被告主張のとおりと認められるが、引用例発明1における有機酸エステルの地位は、それに属する「フタル酸ジメチル及びジブチルの如きエステル型可塑剤」が、任意成分である水不溶性可塑剤一般として挙げられている広い範囲のものの中の一つとして挙げられているという以上のものではなく、また、無機充填剤としての重質炭酸カルシウムに硫酸バリウムを加えたものの地位も、無機充填剤として挙げられている硫酸バリウムを少なくとも55重量%以上含有するものの一種という以上のものではなく、引用例1に、可塑剤として有機酸エステルを、無機充填剤として重質炭酸カルシウムに硫酸バリウムを加えたものの具体的記載があるわけではなく、これが特別な意味を有することを示唆する記載も認められないから、結局のところ、引用例1には、本願第1発明の前示選択発明的側面を示唆する記載は全く認められないという以外にない。

さらに、被告は、本願第1発明の液状の有機酸エステルの中には、オレフィン-極性モノマー共重合体との関係で効果のないものもあり、効果のあるものにしても、その効果は当該有機酸エステルの性質として周知となっているものから当然のこととして予測される範囲のものであるとして、第3成分として液状の有機酸エステルを選択特定したことに意義を認めることはできない旨主張するが、審決が本願第1発明の上記特徴につき何らの判断もしていないことは上述したところにより明らかであるから、この主張を採用することはできない。

2  以上のとおり、審決には本願第1発明の意図するところを正当に評価せずに結論に至った誤りがあり、この点は、さらに技術的な検討を要する点であって、審決の結論に影響を及ぼすものであるから、審決は違法として取消しを免れない。

よって、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担にっき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 芝田俊文)

平成2年審判第14798号

審決

東京都千代田区内幸町一丁目3番1号

請求人 日本石油化学 株式会社

東京都港区赤坂1丁目1番18号 赤坂大成ビル 川瀬・斉藤特許事務所

代理人弁理士 川瀬良治

東京都港区赤坂1丁目1番18号 赤坂大成ビル 川瀬・斉藤特許事務所

代理人弁理士 斉藤武彦

昭和56年特許願第191737号「新規なカーペット裏打ち材」拒絶査定に対する審判事件(昭和63年12月26日出願公告、特公昭63-67585)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

1. 本願は、昭和56年12月1日の出願であって、その発明の要旨は、特許法第17条の3第1項の規定により平成2年9月14日付けの手続補正書で補正された明細書の記載からみて、その特許請求の範囲第(1)項及び第(8)項に記載されたとおりの、

「(1) (a) 共重合体中の極性モノマー含有量が5~40%であるオレフィン-極性モノマー共重合体5~65重量%、

(b) 液状の有機酸エステル 1~50重量%、および

(c) 重質炭酸カルシウム 30~90重量%

を必須成分として含むことを特徴とする新規なカーペット裏打ち材。(以下、「本願第1発明」という。)

(8) (a) 共重合体中の極性モノマー含有量が5~40%であるオレフィン-極性モノマー共重合体 5~65重量%、

(b) 液状の有機酸エステル 1~50重量%、

(c) 重質炭酸カルシウム 30~90重量%および

(d) 有機酸エステル以外の固体状有機低分子化合物成分50重量%以下

を必須成分として含むことを特徴とする新規なカーペット裏打ち材。(以下、「本願第2発明」という。)

にあるものと認める。

2. これに対して、原審での特許異議の申立において提出された甲第3号証の特開昭56-53141号公報(昭和56年5月12日出願公開、以下「引用例1」という。)には、

特定の被覆重量における良好な柔軟性、良好な溶融強度、良好なホットメルト接着性、低温で屈曲させたときの耐亀裂性及び熱成形後の保形性を有する熱成形可能なカーペット裏地用組成物であって、

(a) 共重合体の約70~90重量%が結合エチレンであるエチレン共重合体であって、しかも、脂肪酸中に約1~約4個の炭素を有するエチレン/ビニル脂肪酸エステル共重合体及びアルキル部分中に約1~約18個の炭素を有するエチレン/アルキルアクリレート共重合体よりなる群から選定され、そしてASTM-D-1238-Eを基にして0.5~12の溶融指数を有するエチレン共重合体を本組成物の総重量を基にして約16~35%、

(b) 充填剤の総重量を基にして少なくとも55%の硫酸バリウムを含有する充填剤を本組成物の総重量を基にして約65%~80%、そして

(c) 水不溶性可塑剤を本組成物の総重章を基にして0~約8%、

含む熱成形可能なカーペット裏地用組成物。」(特許請求の範囲第(1)項)に係る発明について記載され、前記(c)成分である水不溶性可塑剤としては、「フタル酸ジメチル及びフタル酸ジブチルの如きエステル型可塑剤」(これら化合物は、いずれも「液状の有機酸エステル」に属するものである。)も好適に使用できること(第14欄1~2行)が開示されている。

また、同第2号証の特開昭55-113533号公報(昭和55年9月2日出願公開、以下「引用例2」という。)には、自動車用遮音カーペットの裏打ち材として、EVA(エチレン-ビニルアセテート共重合体)をベース成分としこれに高濃度の無機充填剤成分を配合したもの(特許請求の範囲第(1)項)が開示され、該無機充填剤には「炭酸カルシウム」が用いられること(特許請求の範囲第(3)、(4)項)が記載されている。

更に、同第4号証の特開昭55-16055号公報(昭和55年2月4日出願公開、以下「引用例3」という。)には、カーペットのバッキング(裏打ち)材にも使用し得るものとして、エチレン-酢酸ビニル共重合体をベース成分とする感熱接着剤組成物(第4頁右上欄16行~左下欄1行、第1頁の特許請求の範囲第1項)が開示されているが、該組成物には、更に必要により充填材(硫酸バリウム、炭酸カルシウム)を添加しうること(第3頁右下欄9~12行)も記載されている。

3. そこで、先ず、本願第1発明と引用例1に記載の発明とを対比すると、両者は、共に「無機充填剤を高度に配合した高密度のカーペット裏打ち材」に係るものであって、「オレフイン-極性モノマー共重合体(引用例1における(a)成分は、これに相当する)のベース成分に対して無機充填剤を高濃度に配合するに当り、分離せず、経時変化がなく、かつ引張特性、柔軟性、低温特性に優れ、さらに配合時の加工性、裏打ち加工性が改良された配合物を得るための第3成分として、液状の有機酸エステル(引用例1における水不溶性可塑剤として、「フタル酸ジメチル、フタル酸ジブチル」を選定使用した場合がこれに相当する)を用いたこと」の点において、その技術思想を同じくするものであると認められ、ただ、当該カーペット裏打ち材の組成において、本願発明では、前記無機充填剤に「重質炭酸カルシウム」を用いているのに対して、引用例1に記載の発明では、これに「硫酸バリウムを少なくとも55重量%含有する充填剤」(具体的には、「硫酸バリウム」又は「硫酸バリウムと炭酸カルシウム」等の充填剤から選定される。第6頁の第1表参照)を用いることとしている点でのみ、相違が認められるにすぎない。

4. よって、前記相違点について検討する。

本願第1発明において、前記無機充填剤に重質炭酸カルシウムを選定したことの根拠は、本願明細書の記載に徴すると、カーペットにおける好ましい特性の一つとして「置敷性」(自重における固定性)があり(第6頁12行~第7頁8行)、そのためには〈1〉炭酸カルシウムは硫酸バリウム等と比較して比重が小さい等の不利はあるものの安価に工業的に大量に入手しうる工業材料であること(第16頁9~11行)、また、その中でも〈2〉重質炭酸カルシウムは安価で比較的粒径が大で配合時の混合が容易であること(第17頁5~8行)、〈3〉この炭酸カルシウムは前記有機酸エステルとの併用により極めて有効に(ベース成分としてのオレフィン-極性モノマー共重合体に)配合でき、しかも配合による過度の物性低下が防止できること(第16頁14行~第17頁4行)等の理由によるものと認められるところ、前掲引用例1においては、従来の充填剤である炭酸カルシウムに代えて硫酸バリウムを主剤とするものを選定したことの理由は、前記との関連では、専ら「重さ及び剛性」の両方の要件(上記の「置敷性」)を同時に満たすためであるとされているのであり、この硫酸バリウム充填剤がその他前記〈3〉のような作用効果を有すること(第9欄6行~20行)においては遜色がないから、引用例1においても、前記置敷性の向上の点を除けば、当該無機充填剤に炭酸カルシウムの使用を排除しているものではないこと(この点は、引用例1に記載の発明において、当該充填剤に「硫酸バリウムと炭酸カルシウムの混合物」の使用を含めていることから明らかである。)、また、前掲引用例2によれば、この種の同様の成分から構成されるカーペットの裏打ち材に配合される無機充填剤として、炭酸カルシウムが高濃度で使用されることは、当該技術分野において既に公知のことであり、しかも、前掲引用例3によれば、この種のカーペット裏打ち材に必要により配合して用いられる無機充填剤として、炭酸カルシウムや硫酸バリウムが適宜選定使用されることが既に知られていることなどを総合勘案すれば、本願第1発明において、当該無機充填剤として重質炭酸カルシウムを採択使用したこと、即ち、前記引用例1に記載の発明における組成のカーペット裏打ち材に適用される無機充填剤として、前記置敷性の点を多少犠牲にしても経済性をより重視して、その硫酸バリウムを主剤とするものに代えて重質炭酸カルシウムを採択用いるようにした点は、当業者が容易に想到、実施しうる程度のことであると認められる。

5. 以上のとおりであるから、結局、本願第1発明は、前掲引用例1ないし3に記載されたものに基いて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

そうすると、本願第2発明について更に検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。

よって、結論のとおり審決する。

平成3年8月22日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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